河北新報夕刊
「まちかどエッセイ」
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父の書道道具

掲載日時:2025.06.30

湧き上がる幸福感

掲載日時:2025.06.02

父の書道道具

掲載日時:2025.06.30

 私は、ふとしたきっかけで、書道と短歌を生活に取り入れるようになりました。朝活を通じた知人に誘われ、体験で初めて書道会に参加したとき、私はとても不思議な体験をしました。会場に足を踏み入れると、会員の皆さんはすでに真剣な表情で墨をすっていました。私は道具をお借りし、教わりながら少しずつ墨をすり始めました。すりあがった墨に筆を浸した瞬間、墨の香りと筆の感触が心を深く打ち、唐突に亡き父の姿が浮かび上がってきました。

 父は北海道の最北端、宗谷管内を勤務地とする小学校の教員でした。私が小学生の頃、父は自宅で母や弟妹、近所の子どもたちに書道を教えていました。父は書道の達人だったこと、皆で書き初めをしたこと、家じゅうの壁に作品が張り出されていたこと、兄弟の中で誰かが賞状をもらうようなことがあるとみんなで喜び合ったこと、父の雅号は緑村であったことなど、さまざまな思い出が鮮やかに思い出されました。

 それはもう50年以上前のことです。それまで、30年近く前に亡くなった父のことを思い出すことも、毎日の忙しさに紛れて、ほとんどなかったのに。

 会場では感情を抑えていましたが、自宅に戻ると涙が止まらず、声を上げて泣きました。泣いて泣いて、ふと「父の書道道具は今でも残っているのだろうか」と思い、札幌に住む母に連絡しました。すると、全ての道具が残っているとのこと。事情を説明すると、母は「使ってもらった方がいいよ」と筆や硯、文鎮、水差し、硯箱など、全てを送ってくれました。すっかり忘れていた、かつて妹と共に父に贈った雄勝硯も、今目の前に戻ってきました。

 この時にできた短歌があります。<墨の香と筆の感触唐突に亡父の姿ふっと顕たち来る><歌を詠み字を習うことつながりて子どものころの家族呼び出す><そういえば華やかなもの好きだった堆朱の箱よ父の形見よ><こんなにも父を忘れていたことを不思議に思う墨をすりつつ>。まだまだ書道も短歌も習い始めたばかりですが、この経験を通じて、大切な思いを記憶として残せたことに、心から感謝しています。

 今父の書道道具は私の事務所にあり、いつでも父が見守ってくれているように感じています。

湧き上がる幸福感

掲載日時:2025.06.02

 私は「学んでそのまま実行すれば誰でも必ず幸せになれる」という生活法則を学び毎日毎日こつこつ実践を重ねています。そうすることで、ありのままの自分をそのままで良いと思え、多幸感に包まれた生活を送ることができるようになりました。

 私の生活は朝起きて読書をし10年日記を書き、墨をすって書道に取り組みます。その後、社会教育団体の「朝活」に行き、帰宅後は近所の氏神様に愛犬サクラとお散歩を兼ねて参拝。さらに玄関トイレなどの拭き掃除を行ってから本業の通常業務に励み仕事の終わりには短歌を作るという生活を続けています。

 朝の静けさの中での読書で、心を落ち着けて一日のスタートを切ることができます。10年日記は前日のことを書きます.自分自身を振り返り、日々の小さな出来事が積み重なっていきます。墨をすり、墨の香りを感じながら書道に取り組むことで心を集中させる時間となります。

 朝活では、参加者が一人一言何かしらを発表する時間があります。この時間は、話すことで自分の思いを手放す、という、貴重なひとときであり、心のゆとりをもたらしてくれました。

 愛犬との散歩では近所の氏神様を参拝することで心を清め、感謝の気持ちを新たにしています。このような小さな儀式のような習慣が、日々の中に精神的な安らぎをもたらし心の支えとなることを知りました。

 またトイレや玄関などの拭き掃除をすることで、空間を清めるだけでなく、自分自身もリフレッシュできる気がします。無心に雑巾がけをしている時間と実際に清掃が終わった後のすがすがしさは、そのまま前向きなエネルギを与えてくれます。

 仕事を終えた後の短歌作りは、日々の出来事や感じたこと、思いを言葉にしています。毎日一首作ると決めて続けています。

 これらの習慣が相互に影響しあい、私にとて多幸感を育む基盤となっているのかなと思います。私のささやかな実践が誰かの励みになりますように。